「ガラスのサンタ」 栗山匙太郎 作
御宿きゃっぱれは谷川の向こうにある。
川には丸太を三本渡した橋があるだけで、当然歩いていかなければならない。
その覚束ない橋には、雪が積もっていた。
一人のモダンガールがキツネのタクシーを降りて、そこを渡りはじめた。
しかもハイヒールで。一歩まちがえば冷たい渓流に半身を浸すことになる。
つまり「きゃっぱれ」が待っていることになる。
しかし都会からやって来たその女性は、慣れた足取りでためらいもなくその橋を過ぎたのだった。
翌日、冬晴れの空がひろがった。
蔵屋の店内はそれでも暗い。やっと雑然としたガラスケースの中が覗けるほどである。
蔵之介は「プラモデルの作り方」を読んでいた。
すると硝子戸がすっと開いた。あのモダンガールである。
「こんにちわ。蔵さん」
「あやぁ」
「お久しぶりね」
「おめはん・・・キー様でねが」
「そう。あなた達のレトロの師。正統レトロモダン塾の名誉教授よ」
「蔵さん。近ごろ田舎モダンなるものを売り物にしているそうね」
「おもさげね」
「忘れてもらっては困るわ。正統なるレトロモダンを」
「怒りにきやんしたのか」
「いいえ。こちらにガラスのサンタがあるそうね」
「ありやんす」
「東金チヨ子女史から聞いてきたのよ。彼女、こちらに寄ったでしょ」
「寄りやんした」
「それで、どこにあるの?ガラスのサンタは」
「これでやんす」
「ああ、やっと出会えたわ。これでクリスマスのケーキが完成するわ」
「どんなケーキでやんす」
「バタークリームのケーキよ。最後の飾りつけに、このガラスのサンタが必要だったの」
「それはよござんした」
「ほっとしたらなんだか急に疲れたわ。足が棒みたい。もう一晩、温泉に浸ろうかしら」
「どこさ泊まりやんした」
「御宿きゃっぱれ。でも、田舎の温泉はいいわね」
「田舎って、おめはんのふるさとだべ」
「キッ!」
冬晴れの空の下、軒端にはただ寂しげに大根がぶらさがっていた。