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  • 2012.05.04 Friday
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蔵屋物語 第七話

 「ガラスのサンタ」 栗山匙太郎 作





御宿きゃっぱれは谷川の向こうにある。
川には丸太を三本渡した橋があるだけで、当然歩いていかなければならない。
その覚束ない橋には、雪が積もっていた。
一人のモダンガールがキツネのタクシーを降りて、そこを渡りはじめた。
しかもハイヒールで。一歩まちがえば冷たい渓流に半身を浸すことになる。
つまり「きゃっぱれ」が待っていることになる。
しかし都会からやって来たその女性は、慣れた足取りでためらいもなくその橋を過ぎたのだった。





翌日、冬晴れの空がひろがった。
蔵屋の店内はそれでも暗い。やっと雑然としたガラスケースの中が覗けるほどである。
蔵之介は「プラモデルの作り方」を読んでいた。
すると硝子戸がすっと開いた。あのモダンガールである。
「こんにちわ。蔵さん」
「あやぁ」
「お久しぶりね」
「おめはん・・・キー様でねが」
「そう。あなた達のレトロの師。正統レトロモダン塾の名誉教授よ」





「蔵さん。近ごろ田舎モダンなるものを売り物にしているそうね」
「おもさげね」
「忘れてもらっては困るわ。正統なるレトロモダンを」
「怒りにきやんしたのか」
「いいえ。こちらにガラスのサンタがあるそうね」
「ありやんす」
「東金チヨ子女史から聞いてきたのよ。彼女、こちらに寄ったでしょ」
「寄りやんした」
「それで、どこにあるの?ガラスのサンタは」





「これでやんす」
「ああ、やっと出会えたわ。これでクリスマスのケーキが完成するわ」
「どんなケーキでやんす」
「バタークリームのケーキよ。最後の飾りつけに、このガラスのサンタが必要だったの」
「それはよござんした」
「ほっとしたらなんだか急に疲れたわ。足が棒みたい。もう一晩、温泉に浸ろうかしら」
「どこさ泊まりやんした」
「御宿きゃっぱれ。でも、田舎の温泉はいいわね」
「田舎って、おめはんのふるさとだべ」
「キッ!」

冬晴れの空の下、軒端にはただ寂しげに大根がぶらさがっていた。

蔵屋物語 第六話

「御宿きゃっぱれ」 栗山匙太郎 作





蔵之介はキツネのタクシーに乗って、谷間の温泉宿へ赴いた。
深い落ち葉と冷たい渓流の響きの中に、その宿はあった。
「御宿きゃっぱれ」・・・天保の時代からほそぼそと営まれてきた古い宿には、
老いた白猫の橋蔵が住みついている。
共に同じ蔵一族の出である。





いつもなら橋蔵は階段の広い踊り場のベンチにうずくまっているのだが、
河童の間に大福のように眠っていた。
「橋蔵さん、久しぶりでがんす」
蔵之介は毛の抜けた白い耳元にささやいた。
「まんず・・・久しぶりでがんす」
橋蔵は寝ぼけながら、ゆるりと応じた。





「よぐ来やんした。湯っこさ、へるべ」
ふたりは客のいない昼過ぎのがらんとした湯船に浸った。
「本この商いはどでがんす」
「さっぱりでがんす」
高窓の曇りガラスの外を寒い風の音が過ぎていた。
「橋蔵さん。あんばいはどでがんす」
「ぼちぼちでがんす。いっつも眠ぐなりやんす」
ふたりは湯煙に霞む天井を仰ぎながら、ため息ともつかない声を洩らした。





それからふたりは脱衣所のカゴの中で寄り添って寝た。つかの間の幸せだった。
「そろそろけりやんす」
「また来てけろな」
玄関先の手洗鉢の水の上に、雪がひとひら、ふたひら舞い落ちてきた。
「冬でがんすな」
「んだなっす」
蔵之介はぼそっと応えて、待たせていたキツネのタクシーに乗り込んだ。

「お客さん、泊まらねのすか」
「けりやんす。心っこもぬぐまりやんしたし・・・」
その夜、谷間はしんしんと白く包まれていった。

蔵屋物語 第五話

 「名探偵現わる」 栗山匙太郎 作







峠はすでに雪だった。
危険な崖の路を一台のキャディラックがフルスピードで駆け抜けていた。
そのハンドルさばきは見事という他はない。
男は雪の峠をまばたき三十回ほどで越え、店じまいをしようとしていた
蔵屋の前で車を止めた。

「失礼・・・明智小五郎です」







「本こで読んだ人だ」
蔵之介は思わず声を洩らした。ネクタイの柄がこの町では見たこともないモダンなものだった。
「サインは後でしましょう。実はあなたにお願いがある」
「なんでがんす」
・・・これこれしかじか。
「わかりやんした。だば、その高級車、裏さ隠しエ」
「ありがとう。蔵之介君」
・・・それから蔵之介は店のカーテンを閉め、灯りも消した。
明智小五郎はそっとカーテンのすき間から前の店の様子を窺いはじめた。
栗山書房という古本屋である。まだ蜜柑色の灯りをぼんやりと滲ませていたが、
誰もいない。すると焼き芋の袋を抱えて一人のおやじが戻ってきた。







「まちがいない。あの男だ」
明智小五郎は静かに断定した。
「あの男って、誰でやんす」
「蔵之介君。あの男こそ、怪人二十面相なんだよ」
「あったな、へぼおやじがすか」
古本屋の奥では、その男はふはふは焼き芋をうまそうに頬張っていた。
すかさず明智小五郎がその現場に踏み込んだのは言うまでもなかった!







だが・・・

怪人二十面相はバッタのごとくそのマントをひろげ、
夕闇の通りを一陣の風と共に消え去ったのである。
「ハッ、ハッ、ハッ〜。明智小五郎。よくぞ見抜いた!だが、私を捕らえるには百年早いわ!
 ハッ、ハッ、ハハハ〜」

「無念だ。蔵之介君」
明智小五郎はむなしく通りの夕空を仰いで言った。
「そのでんびの傷っこ、どうすたべ」
「この額を、あいつが踏んづけていったのさ」
そして明智小五郎は静かに高級車でこの町から去っていった。

金星が殊のほか美しく輝いていた。

蔵屋物語 第四話

 「馬頭観音」 栗山匙太郎 作







井出六兵衛の営む食堂はひとしずく通りのはずれにある。
雑貨屋や古本屋などがほそぼそとつづく通りには、人の姿は少ない。
蔵屋も同じ通りにある。
蔵之介は遅い昼飯をたいがい「いで食堂」で済ませることにしている。







食堂の脇にはさび付いた消火栓がある。
蔵之介はよくそこで用を足した。
店に入ると、六兵衛はあいかわらずテーブルに片肘を付いたままうたた寝をしている。
トランジスタラヂオからはお気に入りの「歌謡パラダイス」が流れていた。
六兵衛は園まりのファンである。
「逢いたくて逢いたくて」が流れると、その奥目をうるませることがあった。






「六さん、いつもの」
蔵之介の声で六兵衛はやっと顔を上げ、おお、と返した。

品書きは三つほどしかない。ラーメン。炒飯。そしてBランチ。
当初はそれなりの料理が出されていた。カツ丼もあれば、時期にはハッタケそばも出た。
しかしまずい順からそれらの料理は姿を消していった。
ただしAランチというものは初めから存在していない。
蔵之介は特製のラーメンしか食べなかった。カツオだしの効いた汁の上に、かまぼこが三枚。
まず、かまぼこだけを食べるのである。箸のさばきも、人よりもうまいものである。







食い終えて、蔵之介はぬるい番茶を啜った。
晩秋の斜光が床に散っている。
そこにぼんやりとした影がある姿にゆらめき始めた。
「六さん、現れたじゃ」
ふたりは並んで佇み、床の上の影を眺めた。
「よくおでんした。馬頭観音さま・・・」
六兵衛は手を合わせた。蔵之介も手を合わせた。そして人参を一本、六兵衛は床に供えた。

町のはずれに、わびしく石碑が建っている。








蔵屋物語 第三話

  「カカシ」 栗山匙太郎 作







里にも雪が舞い落ちたある日のことである。
蔵屋の硝子戸を乱暴に開けて入ってきた男がいた。
「タ、タ、タ、丹下左膳だぁ」
「・・・」
蔵之介は応じなかった。
「タ、タ、丹下だぁ。左膳だぁ」
蔵之介はわざと天井を見上げ、やれやれと呟いた。
「おめ、タ、タ、丹下左膳知らねのか。この目ん玉の傷っこ知らねってか」
「知らね」







男のいきおいは失せ、落日のようにうなだれてみせた。
「なにすに来た」
「おらの壺っこ、ねべが」
「ね」
男は消沈しきった。すると今度はやつれた面を上げ、
「あああああああ!」と、ふやけた声を発した。







「おめ、万作のとこのカカシだべ」
「んだ」
「どうすた」
「もうお役ご免だぁ。稲っこは刈ってしまったし。ほれ、見てみろじゃ」
男は左目の傷を指差した。
「この傷っこ。ガキどもが画いていったじゃ」







「よぐ画けてるじゃ」
「あほ。そったなこと、褒めるんじゃね」
「だば、なんて言ったらいいべ」
男は深くため息をつき、
「なぐさめてけろじゃ・・・」と言ってさめざめと泣いた。
蔵之介はそれから小一時間ほど万作のカカシをあれこれなぐさめた。

「一歩は二歩でね」

「蔵屋物語」第二話

 「寒桜」 栗山匙太郎 作









蔵屋の店の中は静まりかえっていた。
居抜きで借りた五坪ほどの店に来る客は、日に一人か二人ほどだった。
それも冷やかしが多い。売上げのない日々がつづくと、蔵之介もさすがに
肩を落とした。文机の上に置いた時計の音だけがたよりなく時を刻んでいる。









「こんにちわ」
戸口に立つその人の周りだけ、春が香り漂っているようだった。
「いらっしゃいませ」
蔵之介は思わず都会のことばを口にした。
「あの、こちらにかわいい時計はないかしら」
桜のようなその人は、おもむろに狭くほの暗い店の中を見回すと、
あら、と、さくらんぼのような声を一粒洩らした。







「かわいらしい時計ね。おいくらかしら」
「すみません。これは売り物ではないのです」
「あら、残念だわ。他にはないの?」
「あいにく時計はこれだけです」
その人は深く吐息をついた。そして寂しげに沈黙をつづけたが、
「あたし、時計に未練があるの。だって時を刻むものって、人の暮らしの
証しですものね・・・」
そう言い残して透き通るように去っていった。









蔵之介は黒猫である。
人には見えないものを彼の瞳は映していた。
あの人が哀しい来歴の持ち主であることも、そしてこの世の人ではないことも
戸口に現れた時から判っていた。時計を売ることはできなかったのである。
あの人はこの世に未練を残してはならない・・・蔵之介はスルメをしゃぶりながら、
改めてこの世のぬくもりを覚えずにはいられなかった。

「蔵之介さあ〜ん」
遠く寒い山の方から、はかなく声が聞こえたような気がした。


四コマ文学「蔵屋物語」第一話

 第一話 「シャレた瓶こ」 栗山匙太郎作







 栗山匙太郎はさきほどから窓外の小道をおもむろに眺めていた。
秋は深まり、枯れた葉が時おり風に吹かれ、また虚しく道の上に舞
い落ちた。







 軒下にはいつもの黒猫が、秋の斜光を受けながらうずくまっている。
彼はその猫に蔵之介と名付けていたが、呼んでもまだ一度も振り向く
ことはなかった。
 愛用の籐椅子に凭れ、この猫が主の古道具屋の話を思い浮かべな
がら、退屈な午後を凌いだ。







「寒なはん」
 蔵屋の重い硝子戸をぎこちなく開けて入ってきたのは、町の外れで
食堂を営む六兵衛だった。夏でも毛糸の帽子を被っている。
「おもせの、あるが」
「シャレた瓶こ、へった」
 蔵之介は文机に頬杖を付いたまま、愛想なく応じた。







「はぁ、ただのコーラの瓶こでねが」
「んでね。この瓶こ、ウエストサイドで飲んでた奴だ」
「嘘こけ。おらほの小屋さもいっぺあるじゃ」
 蔵之介は思わず目を伏せた。あれは、六兵衛の小屋だったのか・・・・・・
まだほの暗い小屋の奥には、煤けた福助が欠けた丼の中に横たわっている。
 しかし彼はそれを断念した。硝子戸の外を凩がしきりに吹き過ぎていた。



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